10 粋はモダン
ある人が私の人形を見て「江戸の粋なのに、とてもモダンさが感じられる」と言われたことがありました。そうなのです。じつにそのとおりです。
泰平な世、江戸に生きた多くの庶民たちは、お店(たな)の若旦那であれ、粋な鳶頭(とびがしら)であれ、茶屋の内儀であれ、皆々、自己主張しながら生き生きと暮らしていて、その粋感覚はまさにエネルギッシュでとてもモダンなのです。
江戸のおしゃれは野暮では通りません。色彩を抑えた衣装をきっちりと堅く着るのではなく、むしろ無造作に着こなすからこそ粋なのです。
四季を取り入れた着物の柄行や色の取り合わせは、世界に類をみない美意識文化から身についたもので、派手な衣装は傾(かぶ)くといって舞台を引き立たせるもの、通人(つうじん)は決して人目を引くような色は使わないのです。無地とも思える小柄で色合いも渋く地味な着物、縞(しま)柄の微妙な色使いも粋の象徴です。また、このようなシックな色調の中に袖の振布に忍ばせるほんの一筋の赤使いは憎いほどです。
このように隙のない着こなしで江戸の町を闊歩(かっぽ)するその姿はじつに粋、すなわちモダンそのものなのです。それらは自然に備わる感覚だからこそ、あか抜けていて、そのセンスはフランスそのものです。そのままシャンゼリゼを、シャンソンを口ずさみながら歩いても、決してパリの粋に劣ることはありません。
日本人の心の中には、粋の数だけロマンがあるからこそ、見る人にモダンを感じさせるのかもしれません。
現代の若者たちに江戸に生きた粋庶民たちの「心意気」「姿」「形」をしっかりととらえてほしいと心から念じてしまうのは私だけでしょうか。
江戸に心の底から「ブラボー」をささげます。
作品「女すり」
作品「傘の女」