小池緋扇Hisen Koike Official Site

08 白いつばき

「小池さん、赤だと思っていたら、あそこに白いつばきが一輪咲いていますよ」と言われて、急いで外に出てみますと、そこには紛れもない白いつばきが本当にたった一輪、葉の陰から「赤いつばきじゃなくてごめんなさい」と言わんばかりに申し訳なさそうに咲いているのです。奇跡のように咲いたその白いつばきを見て、一瞬に頭の中をいろいろなことが駆け巡り少し目眩を覚えたのです。

じつはその時、私は人形といえば江戸の粋をテーマにした作品ばかりつくっておりましたのに、少々浮気をして現代的な人形を制作してみたくなり、たくさんの手持ちの布の中から赤い地色に白のつばき柄を見つけ、そのつばきを題材にした、今までにない幻想的な作品をつくってみたいと目下制作中だったのです。
私の心の中のストーリーは「激しい吹雪が舞い降りて、赤いつばきに降りかかり、炎と燃えた恋しい心をかき消すように、白いつばきになりました。一人の夜はつらすぎて、白いつばきは雫となって雪になり……」。一途に思う白いつばきの恋心をイメージして制作を始めたばかりでしたので、そんな折に、私の描くストーリーがそのまま私の庭で起きるなんて！

この奇跡はきっと人形の神様のなせる業かと、人形たちにただただ感謝したのでした。
その後、白いつばきは一つも咲きませんでした。